
コンゴ共和国:国旗【由来&解説】
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みなさん『コンゴ共和国』はご存知でしょうか?
この国は中部アフリカに位置する国で、熱帯雨林気候とサバナ気候に属します。石油、木材、鉱物など天然資源に恵まれており、東側には『コンゴ民主共和国』と呼ばれる国が隣接しています。(両国は全くの別物です)
国旗は汎アフリカ色である緑・黄色・赤が使用されており、ベンド模様(斜めの線)で描かれていますね。
ちなみにコンゴ民主共和国の首都(キンシャサ)とコンゴ共和国の首都(ブラザビル)は直線距離で約1.6kmしか離れておらず、世界で最も近い2つの首都と言われています(ただし間はコンゴ川で挟まれている)。
デザインの意味と由来

『緑』:農業・希望
『黄色』:誠実・誇り


『赤』:熱意・独立
国旗:遷移と歴史
Let is History Time !
- コンゴ共和国の国旗
- コンゴ共和国は長年フランスの支配下にありました。そんなコンゴですが、1958年にフランスからの自治権を獲得します。その際に現在と同様の国旗デザインが採用されました。
1960年8月15日、フランスからの完全な独立を宣言。このデザインは正式な国旗として採用されることになります。
(このデザインは1969年の国号の変更とともに一度放棄されています。)

- コンゴ人民共和国の国旗(1969〜1991年)
- 1968年、マリアン・ングアビ大尉がクーデターが起こし、政権を掌握。国号を『コンゴ人民共和国』に改めるとともに、国旗デザインも赤地を主体としたものに変更されました。
コンゴ人民共和国は共産主義の国です。赤地に金の星・鍬・槌。これらのデザインは当時の共産主義の国旗に共通するトレンドマークでした。
1991年共産主義が放棄されるとともに、国号はコンゴ共和国、国旗は独立当時の三色旗デザインに戻されます。

周辺諸国との違い

国旗:コンゴ民主共和国
コンゴ民主共和国はコンゴ共和国の東側に位置する大きな国なんだにゃ
『コンゴ』とはバントゥー語で山を意味する単語です。13世紀〜15世紀ごろアフリカ中部ではコンゴ王国という大きな国が栄えていました(現在のガボン・コンゴ共和国・コンゴ民主共和国・アンゴラの北部分を内包する)。
ヨーロッパのアフリカ進出に伴いこの国は切り分けられ、コンゴ共和国はフランス領へ・コンゴ民主共和国はベルギー領に統括されます。1960年互いの国は独立し、現在と同様別々の国になったのでした。
コンゴ共和国が汎アフリカ色(緑・黄色・赤)の斜め三色旗なのに対し、コンゴ民主共和国は青地・黄色の星・赤帯の明快なデザインになっています。
過去の国旗:コンゴ人民共和国

国旗:コンゴ人民共和国
デザインの意味と由来

『赤』:革命と労働者の血
『金の星』:共産主義の象徴


『金のハンマーと鍬(鎌の代用)』:労働者と農民の団結
これらのマークはソ連や中国・北朝鮮・アンゴラなどと共通するスタイルで、社会主義国家の典型的なシンボルでもありました。
『コンゴ人民共和国』とは、現在のコンゴ共和国が1969年から1991年まで名乗っていた国号であり、マルクス・レーニン主義(共産主義)を政治思想とする一党制国家のことです。
1968年:コンゴ共和国独立から約8年後、左翼過激派によるクーデターが勃発し、マリアン・ングアビ大尉が政治の実権を掌握します。
1969年:彼は国名を”コンゴ人民共和国”に変更し、共産主義を基盤とするコンゴ労働党(PCT)を唯一の合法政党とする社会主義国家を宣言しました(ングアビは1977年に暗殺され、政権はジョアキム・ヨンビ=オパンゴに引き継がれます)。
1991年:東側諸国の崩壊(ソ連崩壊、冷戦終結)により、国内でも民主化を求める声が高まりました。国名はコンゴ共和国に戻され、複数政党制も復活。国旗もかつての緑・黄色・赤の斜め三色旗に復元されました。
体制の特徴
・経済主要産業の国有化:石油・鉱業・林業・交通など
・教育や文化に社会主義の風潮を取り入れる
・東側ブロック(キューバ・ソ連・東ドイツなど)との関係強化
・政治的弾圧と言論統制(反対派の粛清)
共産主義についてはこちらの動画(著:ぴよぴーよ速報)で解説してくれていますので、ぜひご覧になってください。
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